
愛真が舞台のドキュメンタリー映画「聴く隣人のいるところ」が6月6日に公開されました。監督は、愛真卒業生の早川さんです。20年ぶりに母校を訪れたことをきっかけに、「愛真での3年間は意味があったのか」という問いを持ち、映画の制作に至ったそうです。
なぜ愛真の映画を撮ろうと思ったのか。映画監督として見た愛真は、どんな場所だったのか。早川さんに話を伺いました。

(C)ポレポレタイムス社
6 月 6 日(土)よりポレポレ東中野 ほか全国順次公開
20年ぶりの夕会で感じた「これに意味があるのか」
――映画を撮ることになったきっかけはなんですか?
妻と子どもと一緒に、20年ぶりにプライベートで愛真高校を訪れて、お客さんとして夕会(夕食後の礼拝。教職員と生徒が持ち回りで独白をする)に出たことです。聞いていてなんとも言えない気持ちになってしまって。
僕はかつてこの時間を経験したけれど、社会に出てからどう使えたのかわからない。でも彼らは毎日、これに時間を使っている。そんな「これに意味があるのか」という思いと、でもやっぱり「素直にいいな」という思いと。相反する2つの気持ちが、僕の中でぐるぐる回っていました。
――そのとき出た夕会は、どんなものでしたか?
1年生の学生が語る、かなりポエムっぽい夕会でした。少し恥ずかしくなるような。
でも他の愛真生は、それを当たり前に受け止めていました。「よかったよ」と伝えるでも、批評するでもなく、自然にみんなが散っていく。
これは前の日も、次の日も、ずっと続いてきた日常であるということが、よく伝わってきたんです。この場を、この人間関係を記録したい。それが、僕のインスピレーションの根幹にありました。

――卒業してからは、愛真をどう捉えていましたか。
僕は、愛真を本当に楽しんだ卒業生だと思っているんです。中学の頃は周りに馴染めなくて、人間関係をリセットしたくて、僕のことを誰も知らないところに行きたくて愛真に来ました。行ってみたら、本当に楽しかった。
でも、大きな転機は社会に出てからですね。職場では、自分がどういう存在で、何に腹を立てているか、そういうことを表現する場はない。愛真の人間関係を理想として職場に求めようとすると、自分が疲れてしまうし、欲求不満に陥ってしまう。
いつからか「あれは、愛真だったからできたこと。職場でそれを求めるのはやめよう」と、自ら封印したような感じでした。
愛真での学びは「異質な人と生きること」
――映画を撮りながら、見えてきたものはありますか?
「愛真がやっていたことって、一体何なんだ」ということです。
生徒自ら作業をするとか、スマホがないとか、わかりやすい特色はある。でもその根本にあったのは、「自分とは違う異質な人間」と、一緒に生活をするために何をするかを考える場であるということ。その中で必ず必要になるのが「対話」だった。
社会生活は、異質な人間と出会い続けることだとも言える。そこにもちゃんと繋がっていたんだ、と気づきました。
――愛真にあった対話って、どんなものですか?
異質な人間と生きていくときに必要なのは、言葉なんですよ。対話をするしかないんです。
「対話しようね」と言ったって、対話にはならない。職場で「対話タイムやりましょう」と言っても、腹の内なんて話さない。場だけ設定したって無理なんです。
愛真でも「対話を大切にしよう」と言われます。それは、嫌でも対話せざるを得ない状況があって、対話を積み重ねてきた文化があって、結果的に出てきている言葉だと思います。
でも、対話には限界もある。例えば、映画に出てくるカノンさんの歌は、大切な人を亡くしたモヤモヤです。「ちょっと話したいから座ってよ」とは言えない。でも、歌なら歌詞にできる。少しぐらい臭い「好きだ」も「嫌いだ」も、メロディに乗せれば表現できる。
だから愛真の音楽は、上手い下手じゃなくて、ひとつのコミュニケーションツールとして、対話と並んで大事にされているんだと思います。

(C)ポレポレタイムス社
「異質な人と分かり合えた幸福感」を持てる場
――映画の冒頭に「愛真での3年間は意味があったのか」という問いがありました。今の早川さんは、どう答えますか?
意味があったと確信している。そんな自分が、幸せだなと思っています。
意味があった要素を挙げたらきりがない。この映画を作れたこと、妻と出会えたこと、友人と出会えたこと。でも、それだけじゃない。
自分と違う人たちと分かり合えたという幸福な体感があったんです。
今どんなにうまくいかなくても、「あなたのことがわからない」と思っても、「わかり合えた経験が、あるんだよな俺」という感じ。一度も経験していなかったら「そんなものはこの世にない」と思うかもしれない。でも、あったじゃん、あのとき。
それが、愛真に行けてよかったなと思える、僕にとっての意味です。
――最後に、これからの愛真に思うことは?
息子がいる親の目線で見ても、彼の将来の教育の選択肢として、愛真があり続けてくれたら嬉しいです。
親の影響度って、子どもの成長とともに加速度的に無くなっていきます。息子が新しく出会う人間関係の中で、彼という人格が構成されていく。そのとき愛真なら、嫌でも他の人と向き合わなきゃいけない環境がある。「異質な人と分かり合える幸福感」が彼の未来にあると思えたら、親として、希望があります。

映画公式サイト:https://kikurinjin.com/